日暮里駅の谷中口の陸橋は、いつも鉄道好きな人達が、大勢並んで見ています。
日暮里駅南口改札は、前回のブログの通り陸橋改札で、その前は喫煙所になっています。そこでも煙草好きかつ鉄道好きな人が、大勢います。
店主の子供のころと比べると、危険防止に陸橋の鉄さくは高くなり、鉄道は見にくくなりました。
店主の子供のころは、「はつかり」名前の蒸気機関車が走っており、わざわざ、その煙に撒かれたくて、陸橋を走り回っていました。
その店主の息子も、もうその頃は蒸気機関車はありませんが、陸橋に連れて行くと、電車が橋の下を通り抜けるのに合わせて2メートルくらいの陸橋の幅を「でんしゃー、でんしゃー」と言いながら走るように行ったり来たりしていました。初めの頃は、自分の楽しかった事を教えるだけが、いつの間にか、Nゲージ状のダイキャストの電車を駅のキヨスクで買ってしまい、さらにいつの間にか彼は2〜30本持っていたはずですが、今はどこへ行ったか分かりません。電車を握りしめて、「でんしゃー、でんしゃー」と・・・、思い出されます。
まだ、結婚してないので、孫はどうなるか分かりませんが、一度連れて行くつもりです。今は息子の頃まであった東北線のホームが取り払われ、そこから東北新幹線が地下から現れるので、きっとそこに虜になるでしょう。
と言うのも、息子は谷中の墓地の「芋坂」陸橋から見える京成電車が墓地下から出て、国鉄(JR線)を跨ぐ電車の交差陸橋を通って行くのを見るのが、これまた好きでした。
店主の頃には、国鉄を跨いでさらに、国鉄のレベルへ降りる操車場もあって、何故だか当時は、羽二重団子の本店のある小道を入るとその操車場に子供でも入れました。今は日暮里の高架だけでありません。・・・もうその当時から使ってなかったのかな?
そうそう、日暮里の京成の駅は、今のように重層構造じゃなかったものね。
今日はありませんが、後で、芋坂周辺の写真で改めてご案内します。