昭和32年7月6日早朝に谷中の五重塔は心柱を残してすべて焼け落ちました。
焼失後にその残った心柱付
近から焼死体が2体発見されましたが、男女の区別もわからなかったとの事。
しかし、遺体から金の指ぬきが見つかりその指ぬきは当時、洋裁師しか使っておらず、その指ぬきから都内の裁縫店に勤務していた48歳の男性と同じくそこに勤務していた21歳の女性であることが判明した。
捜査の結果、男女は不倫関係にあり、その清算を図ったものと推測されている。
現場に石油の入った後のある一升瓶があったとか。
店主の子供の頃、・・・焼失して5~6年(店主が5~6歳)でも、礎石がてんでんばらばらに転がっていてただの空き地になっていました。
その後15~16年してだと思いますが、砂場やブランコが出来て、礎石も利用されて写真の通り一部立てられたりして、景観に利用されています。
・・・ここの砂場で、遊ぶ人はいません。きったないもの。